破壊王

「破壊王:第3話 夜半楽」

1980:奇想天外
2000/06:「山尾悠子作品集成」


匠が綺羅を見たのは焔の中だった。
逃げ遅れて泣いていた、行く手の扉口にいた。

火は強まり異国の大軍が王宮を虐殺した後、匠は先々代の領主時代に始まった工事は漸く本尊の像のタクミになって十五年壁像の前に座り続けていたが、王宮が破壊された。
匠が綺羅を見たのは初めてで、最後になったと後で知った。

綺羅は何も見ておらず顔は翳りがあり、匠は恐怖を感じ綺羅の手を掴まえて王宮を逃れ、深山に入って数日後にある淵のほとりに小屋を建てた。
綺羅と住みついたが、綺羅は衝撃のためか痴呆化し、子供のようになり火を怖がり淵に住みついた。
匠は綺羅の退行を止められず、そんな暮らしは廃王という頭目の群盗が現れるまで続いた。

蜃気楼を見るために廃王は沼にでかけた、そこは誰にも教えていない場所だった。
影と陽炎と蜃気楼が視覚を狂わすような感覚を感じた。
そして蜃気楼中に炎の王宮を見た気がし、笛の音を聞いた。

同じ頃、匠は綺羅を淵から連れ戻す事を考えていた。
夢に現れるのは壁像と火であった。
いつか夏が過ぎ、水の冷たさに綺羅が淵に住み続ける事が好ましくなく、出かける時に笛の音を途中で聞いた。
匠は通り道の木片に彫っていて、本尊を任された細工師だと言っても綺羅の反応はなかった。
淵の奥に綺羅は顔だけだしていて、「火が来る」と言った。
立て続けに笛の音がして、綺羅が水中に姿を消した時に矢が飛んできて、匠は廃王を初めて見た。
匠は盗賊と思い、人を狙ったのかと聞くと笛を吹いたのはどちらかと聞いた。
匠がタクミだと言うと、仲間には出来ないと言って去った。
綺羅を水から引き揚げようとすると空から人が落ちてきて、綺羅は遠くへ逃げ、落ちてきたのは戦火に追われた王宮付きの楽師と名乗った。

匠は楽師と山歩きして、淵や小屋を俯瞰して初めて見た。
楽師は夜に匠の小屋にとどまり、笛を作るのに時間がかかり、試し吹きの時に蜃気楼を見たといった。
匠と楽師は異なる王宮にいたが、たぶん同じ蛮族に焼かれたのだろう。
楽師はみるからに名人のようだった。
廃王に気をつけろ王宮の者といい、匠は盗賊とかと言いかけたが、矢が楽師を射貫いていた。
次に火矢が多数打ち込まれ、匠は小屋の前にくぎつけになった。

匠は闇の中を淵を探していた。
松明で探し、死体を見つけた。
松明が落ちて消えて闇になった、匠はかけて竹林に入ったが周囲は蒼ざめており、足下が崩れて落下する目には複数の見知らぬ顔が映っていた。

山中の群盗の獲物に変化があった。
最初は邑や隊商が多かったが、次第に獲物がなくなり自身を守るため奥地へ移動した。
そのうちに、後から獲物が山中に来た。
蛮族の大軍は大陸を横断して行ったが、中央部の山地は見逃していた。
山中に人に知られぬ国の都が栄えているとの噂があった。
廃王の名の元と同様に、幻の国の王も知られなかった。
勝手に獲物を襲っている手下が廃王の心にゆらし、山中を歩いていて小屋の焔が見えた。
蜃気楼の焔の直ぐあとのものだった。
廃王は突然に怒り出したが、一人盲亀だけが違った。
自らの国の焼かれた焔とそれ以外は異なると言った。
盲亀はもとはタクミであり、廃王にも多くのタクミがいたが、今は作らず破壊していた。
獲物の質の低下を廃王は、一度下山して様子を見たいと言い、盲亀は焼け残りはそうでしかないと言った。
それでも出会うまで待つと廃王は言い、それまで計画的に山の獲物を襲うつもりだった。

獲物は意外に手こずり逃げた1人を仕留めた廃王は方角に迷った。
崖の上に達した時に方角を間違ったと気づいたが、尾根に囲まれた都らしいものを見つけた。
気づくと廃王は都の道を歩いており、王宮の門に入っていった。
奥には、タクミがいたが王は留守で「自分も見たことがない」と言った。
廃王は、タクミを見た事がある気がしたが楽師だった気もした。
タクミは、背後に廃王を連れて歩きながら「招かれて来た」「地図にないのなら蜃気楼の国だが手に触れる蜃気楼だ」とも言った。
盲亀の矢で射られた男が王宮の門に来て、廃王は盲亀につけられていた事を知った。
廃王は今日は去る事にし、川に沿って逃げながら王を確かめてから滅ぼす事と、盲亀を殺す事を考えた。
岩影に顎まで沈んだ女にあい、それを盲亀が見ていた。

王宮では領主の不在の不安気配があった。
王宮内部に不可侵の源の守護神の像があると言われていたが、領主と共に無くなった。
遠くから来たタクミに新しい像を作らせていた。
盗賊は頭目が留守がちと知っており、盲亀も姿がなかった。
廃王は女に会いに行き、名前を水妖と呼んだ。
女は襲撃が見たいと言った。
ふたりの背後に盲亀と手下たちが潜んでいた。
匠は王が戻ると知らされ別棟に連れてゆかれ、そこには先客がいた。
それは盗賊のひとりで、頭目と知りあいかと聞いた、滝壺の女を聞いていた。
王宮の正面で領主が矢で射られたようだった。
廃王のようだと盲亀は思った。
王宮の奥の中庭に進んだ廃王に、雨の庭が開け、匠の狂気は消し飛んだ。

領主は死の間際に像を焼いたと言った。
旅の者達は、領主が全て滅ぼされたという国を全部見てまわったと言った。
領主を射たのは女と言い、盲亀に率いられた群盗は都に入っていた。
狂気が消えた匠は、綺羅の顔と姿が見えた。
水の庭に飛び込むと求める姿があったが逃れようとした。
領主を失った王宮には群盗が入ったころ、無人の沼には墨色の影がかかっていた。

望楼の相手に「廃王か」と匠は呼びかけた。
匠が彼方を見ると、山並みの焔の列は動きだしていなかった。
蛮族の軍が現れ群盗の姿も消えていて、敵味方共により大きな力にどこかに消えていた。
廃王は正面門を目指し、匠も続いた雑踏の中に入ると廃王を見失っていた。
船着き場に音がして盲亀が盗んだものをこぎ出そうとしていた。
像を置いていけと言い、橋から松明を持ち船に乗り移った。
上流から追っ手がきて匠はただ像を抱いていた。
廃王は寝たまま外の音を聞いていた。
火が自分が放った矢か、蛮族のものかも判らなかった。
正面門では、守り神の奪いあいがあり、匠は像をはなさなかった。
人手に渡ってゆく像を匠はみて、炎上する伽藍に綺羅を見た。
扉は跳ね飛ばされて火焔が満ちた。

一度殺すと殺人は難なく出来て、匠は蛮人の死体をみていた。
王宮の外へゆく人の流れがあった。
都の火は峠を越えたあとは見えなくなったが、山々を焼いていた。
蜃気楼も絶えた。
大軍に一人の奇妙な兵がいたが、その内に変わらなくなった。
人の記憶も曖昧になり、この兵は自分が焼いたひとつの都のはなしをした。
その都で蜃気楼の美につかれたひとりのタクミに会ったと懐かしげに言うのを人は聞いた。


感想: 蜃気楼につかれたのは結局誰だったのだろう。
見たものが、蜃気楼なのか現実なのか。
そして、タクミとして彫ったものは何だったのだろうか。
王宮が滅びるものならば、守護神の意味は何なのだろう。

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